#2 照らし出された駅のホーム -カオルと 僕と そして今ー

カオルと 僕と そして今

 

・・・・・ 前回のお話 ・・・・・ 

 

《私のやりたい100のこと》
95.私の中のモノをお話にして外に出す

カオルと 僕と そして今  
#2 照らしだされた駅のホー

 

・・・・・ 照らし出された駅のホーム ・・・・・ 

 

駅に着くと、電車はもう動き出している時間だったが、改札もホームもがらんとしていて、ホームの天井に規則正しく並んだ細長い蛍光灯は、夜明け前の最後の一仕事だとばかりに、無駄なほど煌々と光っている。

周りの家々は、空の色と一体化している。

まだ太陽が出てきていない暗闇の中に、光り輝くステージのようになっているホームには、僕一人しかいない。

いつもとは違うホームのようだ。本当にこの駅に電車が来るのだろうか。

 

 

朝の時間はなぜか早く過ぎる。

さっきまでの暗さが和らいて周囲の景色が少しづつ浮かんでくると、うるさいように輝いていた蛍光灯の存在感は無くなり、夜明けの白さと、蛍光灯によるホーム周辺の白さが混ざりはじめた。

電車はまだ来ない。

ホームに立つ僕の足元は二月の冷たい空気に絡みつかれ、時間が経つごとにその重さが増して、僕の足はホームに敷かれたコンクリートと同化してしまうのではないかと思ったとき、電車は音も無く僕の前に滑り込み、扉が開くなり僕を飲み込んで発信した。

 

こんな時間でも、少ないながらも利用者がちゃんといるものだ。

各車両には、新聞を読んだり、ぼうっと宙を見上げていたり、バッグを大事そうに抱えたまま爆睡している人の姿などが、ポツリポツリと一定の距離を保ったドット柄のように点在している。

彼らはいったい何をやっている人達なのか。これからどこへいくのだろう。

 

さっきカオルが電話で僕に話した内容を、一言も間違えないように思い出そうとしていた。

いくら思い出して考えても良く理解できない。

僕は昨日の昼にテツオと電話で話をした。あれは確かにテツオだった。その声に変った様子は無かったが、今は話が出来る状況ではないので、また電話をすると言われて電話を切った。そして僕はテツオからの電話を待っていた。

あの後に何かが起こったということか?

それともテツオ自身も気づかないうちに、何かがすでに起こりつつあったということか?

 

悪い冗談にいっぱい食わされたんじゃないか、というかすかな可能性は残念ながら無いだろう。

テツオもカオルもその手のことをする奴らじゃないし、それに、今日は月曜日だ。

普段なら週の初日は嫌々ながらも一応早く起きて、いつもよりも遅刻に注意しながら襟元を正し、殺人的なラッシュアワーの人込みの一片として電車に揺られて出社する。

そうしてデスクに着いたころには、すでにエネルギーを消耗して、正したはずの襟元はヨレヨレになり、ごまかしごまかし5日間を乗り切るのだ。

その月曜日に、こんなキツイ冗談をかまされたとしたら、もうこの一週間は乗り越えられないだろう。

 

いや、これは冗談なんかじゃないんだ。残念ながら冗談ではない、きっと。

 

僕はこうしてこんな時間の電車に揺られ、早くカオルの所へ行かなくてはと思いながら、このまま永遠に電車に乗り続けて彼女には会えないような、会えないほうがいいような気になっていた。

 

 

駅を出ると、弱々しい太陽がやっと昇り、早出のサラリーマン達が駅に向かって急いでいた。

僕は一人、彼らとは逆方向に向かって進んで行く。

カオルは大丈夫だろうか。

電話の声はとても疲れている様子だったがしっかりしていたし、逆に僕を慰めるように話しているようだった。

 

別に、部屋の中で彼女がどうにかなっているとは思わないが、言われたとおりに勝手に扉を開ける気にはなれず、部屋のチャイムを押してみた。

すると、すぐにカオルが出てきた。

良かった。カオルは生きている。正直言って、ほっとした。

 

「勝手に入ってくれて良かったのに。今シャワーから出たばかりなの」

彼女の髪は濡れていて、水滴が毛先に丸くぶら下がり、音も無くすうっと落ちて床に吸い込まれたいった。

化粧をしていないせいもあるのだろう、カオルの顔は透き通るように白く、いつも控えめだが生き生きとしている瞳は、僕を見ていながら僕を通り越してはるか後ろの方を見ているかのように見えた。

 

部屋はいつもの様子と全く変わっていない。

ただ、テツオの姿が無いだけだ。

僕は、勧められた椅子に座ったものの、何の話を、どう切り出せばいいのか分からずにいた。

 

 

カオルは慣れた手つきでコーヒー豆をミルの中に入れ、ゴリゴリと音を立てて挽き始めた。

このまま黙っているわけにはいかない。でも、何と言えばいいのだろう。

ろくな言葉が浮かんでこない。少し口ごもりながらやっとの思いで言葉が出た。

 

「いったい、どうなったっていうんだ。」

 

無心にコーヒー豆を挽いていた手を止め、カオルは電話で話した時と同じように、ゆっくりと、そしてはっきりと話し出した。

それは、事のいきさつが理解しきれていない僕に対する配慮と同時に、彼女自身がその事実をしっかりと受け止めようと、自分に言い聞かせているようでもあった。

 

 

次回

ー カオルと 僕と そして今 -

 

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