#4 帰るコール -カオルと 僕と そして今ー

カオルと 僕と そして今

 

・・・・・ 前回のお話 ・・・・・

 

 

《私のやりたい100のこと》 
95. 私の中のモノをお話にして外に出す 

カオルと 僕と そして今 
#4 帰るコール

 

・・・・・ 帰るコール ・・・・・ 

 

テツオを抱きしめそこなって送り出した翌々日の夕方に、テツオから電話が入った。

「調子に乗りすぎて少し遅くなったけど、これからこっちを出るよ。きっと渋滞に巻き込まれるだろうから、家に着くのは夜中過ぎになるだろうな。待っていなくていいから先に寝ていなさい」

 

“先に寝ていなさい”

 

この言い方。

ちょっとカチンとくるけど好き。
安心する、というか、、、
いつもテツオは正しいから。
言われた通りにしていれば、ほとんど間違いがない。

 

「あれ? 予定が変わったの? もう一泊するのではなかったの?」

「いや。今日だよ。予定通り。」

 

私はすっかり一日分間違えていた。

でも、これは嬉しい誤算。

ほんの数日のことなのに、とても長い間会えなかったような気がする。

今夜会えると聞いて、胸がドキドキする。嬉しい。

 

「分かりました。ゆっくりでいいから気をつけて帰って来てね。それでは」

 

夕方の5時過ぎ。

きっと、新しいスキーブーツと板で充分楽しんだのだろう。この時間までゲレンデにいるのは、テツオにしては珍しい。たいてい渋滞を避けるために、昼過ぎには現地を出るのに。

まあ、大人の男の数人連れなら、テツオが運転に疲れたとしても、交代する人はいるはず。

 

それにしても、わざわざテツオが電話をくれるなんて驚いたけど、やっぱり素直に嬉しい。

こうして私が留守番で、テツオだけ旅行に行く事も初めてだったけど “帰るコール” をしてくれたのも初めてだ。

テツオの新しい一面を見たような、また少し2人の距離が違づいたような気がする。

 

たった数日テツオに会えなかっただけで、私は飼い主を待つ子猫のように、一日中ソファーの上で見る気も無いテレビをぼんやりと見つめていた。

会いたくて会いたくて、とても寂しかった。

テツオがもしもいなくなってしまったら、私も消えてなくなってしまうのだと思う。

 

 

私は一人で夕食を済ませ、シャワーを浴び、パジャマを着たところで時計を見ると、12時過ぎ。

遅くてもあと2時間もすればテツオは帰って来る。

 

ベットから毛布を引っ張り出してソファの上で丸くなり、電気を暗くしてテレビをつけると、字幕付きのフランス映画がやっていた。

途中から見たのでストーリーが良く分からない。

でも、はじめから見ていたとしても、なんだかパッとしない三流映画といった感じがする。

フランス映画はどれも三流だ、と言った人がいたけれど、最後には彼と彼女が抱き合ってハッピーエンドで終わるような、自分が死にそうな場面でギャグを言ってしまうようなアメリカ映画よりも、私はこの淡々とした「三流」のフランス映画は嫌いじゃない。

 

フランス語には前から興味はあるものの、どうしても私には合わないようで、それはきっと “体質のせい” と言えるほど頭に入ってこない。

そんなフランス映画の字幕を読む気になれずに、ただぼんやりと画面を見ながら、この不思議な発音の構造はいったいどうなっているのか考えていた。

初めてフランス語をしゃべった人は、きっと体の具合が悪かったのだろう。

例えば、胸をわずらっていて肺活量が充分でなかったとか。肺に穴が開いていて空気が抜けていたとか。

だとしたら、ドイツ人はどうだったのか。きっとドイツ語を初めてしゃべったのは、若い女の子ではなくて、いかめしい顔でガタイの良いオヤジがビール片手に大声でしゃべったのが始まりではないだろうか。

半分夢の中へ迷いこんだところで、玄関の鍵が開く音がした。

 

 

・・・・・ テツオの帰宅 ・・・・・

 

帰ってきた。さあ、どうしよう。

すっくと立ちあがって元気に出迎えるか。

それとも、このままソファの上で寝たふりをして、テツオが私を起こしに来た時に寝ぼけたふりをして、寂しかった、と甘えてみようか。

一人で留守番をしていたのだもの、それくらいは良いだろう。

 

リビングのガラスの扉が開き、床に荷物を置く音がする。

私がソファの上で丸くなっていることに、気が付いているはずだ。

さあ、テツオは何と言って私を起こしにくるのだろう。

 

しばらく経ってもテツオは私に近づく気配が無い。

この部屋の中にいるはずなのに、どうしてだろう。

 

 

すると「ねえ。」と私を呼ぶ声。

顔をあげてテツオを探すと、リビングの椅子にもたれてぐったりとしている。

驚いた私はソファから飛び起きてテツオに駆け寄った。

「どうしたの?」

「ん、だるい。風邪のようだ。」

 

夕方、ゲレンデからくれた電話の声は、あんなに元気そうだったのに。

「じゃあ、運転は誰かに代わってもらったの?」

「いや、みんな酒を飲んで酔っ払っていたから僕がずっと運転してた」

 

まったく。

こんな状態で、何時間運転していたのか?

 

額に手をあてると確かに熱い。

会話をするのも辛そうだ。

とにかくテツオをベッドまで運んで、服を脱がせてパジャマを着せた。

 

 

このぶんだと汗をたくさんかくだろう。

そうすれば熱も下がってラクになるはず。熱を計ってみると39度もある。

 

見た目がスリムなテツオは以外と病気知らずで、年に一度は寝込んで高熱を出すことがあるらしいが、それも大抵は一晩で治ってしまうらしい。

今日の熱はその「年に一度」なのだろうか。

 

私はボールに氷水をいっぱいにして、タオルを絞ってテツオの額に置いた。

「冷たくて嫌だったら言ってね」

「いや、気持ちいいよ」

そう言いながらも、具合は悪くなっているようだ。しゃべることもやっと、という感じ。

 

額のタオルを換えながら、テツオが家を発つ前に抱きついてしまおうとしていたことも、車に乗り込む前に何か言いたそうにしていたのは何だったのか、今夜は聞けそうにないようだ。

明日はバレンタインデー。

女の子たちは、好きな男の子へ募る想いを伝えるために、もうしっかりと準備とシミレーションを終えて、明日の本番に胸をときめかせて眠りについていることだろう。

具合が悪いのはかわいそうだけれど、明日は一日中、テツオを独り占めできる。

 

 

結局私はベッドの枕元に座り込み、テツオの額を一晩中冷やし続けていたが、夜明け前にもう一度熱を計ると40度もあった。

まったく下がっていない。

テツオの様子も前よりもずっと苦しそうだ。

なんとなく意識が朦朧としていて、深い眠りにはいることが出来ずに、うつらうつらしている。

眠ろうとしているテツオを、熱が「そうはさせるか」と、現実の世界に引き戻そうとしているのか、それとも、熱がテツオを夢の中へ連れて行こうとするのを、テツオが必死になって抵抗をしているかのようにも見える。

 

「熱も下がらないし、辛いようだったら病院へ行ってみる? 点滴でもしてもらえば、すぐに良くなると思うけど」

大げさなことの嫌いなテツオが、声を出さずに首を縦に振った。

 

私は夜間受付のある救急病院を調べ、テツオに私のアニエス・ベーのコートを羽織らせた。

「ちょっと待っていてね。いま車をエントランスに回して来るから。」

 

 

次回

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#5 夜間専用入口