#7 救急搬送 -カオルと 僕と そして今ー 

カオルと 僕と そして今

 

・・・・・ 前回のお話 ・・・・・

 

 

《私のやりたい100のこと》
95. 私の中のモノをお話にして外に出す 

カオルと 僕と そして今
#7
 救急搬送

 

・・・・・ 焼きもち ・・・・・

 

こうしている間にテツオは激しく咳き込みはじめ、看護婦はすばやくゴミ箱とティッシュを取り、慣れた手つきでテツオの背中をさすった。

「咳き込んた時は背中をさすってあげてください。叩くと苦しいから。胸にね、血液が溜まっちゃっているようですね。我慢しないで出したほうがラクになりますよ」

テツオの吐く血液はそう多くはないものの、さっきナースステーションで見せられたものと同じだった。

やはりテツオのだったのだ。

 

そんな私の不安を知ってか知らずか、看護婦があっけらかんとしてとても明るいので救われた思いだったが、でもやはり事の成り行きを理解できずにいた。

「じゃあ、、いまから奥さんの分のベッドを準備しますから。奥さんがそばにいないと寂しいですもんね」

“奥さんがそばにいないと寂しいですもんね”

さっきも手続きの書類を書いている時に聞いた言葉・・・

 

そう言った看護婦とテツオはニコリと目を合わせた。

ん?

私の耳が猛烈に熱くなるのを感じる。胃がグーっと小さく硬くなって、げんこつのようになる感じ。

 

『こんな短い時間で何を仲良くなっているの?もしかして、以前からの知り合い!?』

私は、この一瞬の看護婦とテツオのやり取りを見て、焼きもちを焼いたのだ。

私が焼きもちを焼くなんて。

 

 

咳き込む時以外のテツオはそれほど辛い様子もなく、元気な看護婦の話をニコニコして聞いたいた。

看護婦は、隣で私がこんな気持ちでいることを全く気にする様子はなく、てきぱきと手元の作業を終えると小さな個室を出て行った。

 

「奥さんだって」

そうではないのに間違った言われ方をして不機嫌だ、といった感じでテツオの顔を見ずに言った。

彼らに「奥さん」と呼ばれるのはなんだかくすぐったかったけれど、気持ちが良かった。

 

「奥さんじゃないんですか」

テツオの以外な言葉に驚いた。でも、ここでたじろいではいけない。

「似たようなものですけど、まだ奥さんじゃありません。豪華なお式を挙げてもらわないとね」

「お金がかかって大変だな」

「あら、忘れたの?はじめに、私はお金のかかる女ですよ、って言ったじゃないですか」

「覚えてるよ・・・少し寒いな」

 

 

テツオの手を握ると、とても冷たい。

「ほら、私の手はこんなに暖かだよ」

そう言って、テツオの手を私の手で包んだところでドクターが現れた。

「あのですね、レントゲンの結果、たいしたことは無いと思うんですが、少し気になる部分がありまして、ここから10分くらいの所に専門医のいる病院がありますので、今からそちらへ搬送します。あちらのほうがより細かく調べることが出来るので安心ですから。もうすぐ救急車が来ますから、お待ちください」

 

テツオはドクターが部屋に入って来ても、テツオの手を包んでいる私の手をどけようとはしなかった。

ドクターが去った後、私たちは顔を見合わせて

「救急車だって。すごいね。こんな事ならもっと早くそっちの病院を紹介してくれれば良かったのに。やってくれるね」

私の言葉に、まったくだ、というようにテツオは少し笑った。

こんな冗談のような話をしながらも、テツオは咳き込み、少量の血を吐いた。

 

 

「おれ、このまましんじゃうのかな」

不意に出た、信じられないようなテツオの弱気な言葉に驚くよりも、ものすごい嫌悪感の襲われた。

 

「死ぬって、あなたが死んでしまったら、私はどうなると思っているの?」

「保険金があるからいいじゃない。それに、あのフォルクスワーゲン・ゴルフも乗り放題だよ」

「保険金がどうなっているのか知らないし、そもそも受取人は私の名前ではないでしょう?だから、私には保険金ははいりません。ゴルフは今でも充分好きに乗っています。それに、私は一人では生きていけない。それを一番良く知っているのは、あなたじゃないの?」

ここまで言ったところで、私は本当に少し怒っていた。

こんな話をするなんて、ひどい人だ。

 

 

・・・・・ 救急搬送 ・・・・・

 

遠くのほうから救急車の音が近づき、ストレッチャーに移されて運ばれるテツオの後ろについて行った。

救急車には、レントゲン写真やカルテが入っているらしい茶色の大きな封筒を持った看護婦が一人同行した。

私たちにとって初めての救急車は思った以上に良く揺れて、横になっている病人にとっては辛いのではないかと思うようだった。

 

フロントガラスから見える外の様子は、クモの子を散らす、とまではいかないまでも、前方を走る車は端により、赤信号もそのまま直進していくのはなかなか気分の良いものだった。

「救急車ってすごいね。車がどんどん避けていく。私、救急車に初めて乗ったの」

あまり深刻な空気を作りたくなかったので、横になっているテツオにそう言うと、そう、という表情は作ったが、声は出さずに少し微笑んだだけだった。

 

搬送先の病院にはすぐに到着した。

当たりはすっかり夜の闇に包まれているので、いったいどんな病院なのか分からないが、どうやら救急病院のようだ。

救急搬送の狭い入口から入って行くと、私たちが来る前に運ばれたばかりの様子の家族が数人、落ち着かずに廊下を行ったり来たりしていた。

テツオは救急車から直接「処置室」と書かれた部屋に運ばれ、私は手続きのために、薄暗い警備室の窓口のようなところで数枚の書き込みをした。

 

 

書き終わったあと、テツオの入った処置室の前の長椅子に座るが、もうどのくらい時間が経ったのだろう。いくら待ってもテツオは出てこないし、誰からも何の説明も無い。

さっきの病院でもそうだったけど、テツオの状態はいったいどうなっているのだろう。

吐血の原因は?

この病院に移されたわけは?

 

さっきから、私の目の前を忙しそうにバタバタと行ったり来たりしている看護婦たちは、テツオのためなのだろうか。

それとも、テツオより先に運ばれた誰かのためなのだろうか。

 

私たちよりも先にいた廊下で落ち着きなくうろうろしている人たちは、処置室にいる患者の家族らしい。

どうやら交通事故らしく、運び込まれた時点でけっこう危ない状態のようだ。

相手がどうのとか、慰謝料がどうのとか、時には誰かが声を荒げ、別の誰かがそれを制したりしていて穏やかではない。

やはり彼らのところにも患者の状態を説明に来る様子はなく、それでなおさらイライラしている様子だった。

 

 

救急病院のようだけれど、こんな夜中に充分なスタッフがいるのだろうか。

交通事故らしい患者にテツオと、処置室の中の様子はいったいどうなっているのだろうか。

 

私はしびれを切らし、処置室の中から白い服を着た男の人が出てきたので、すかさず彼に声をかけた。

「あの、中に連れが運ばれていったんですけど、なかなか出てこなくて、私が中にはいってもいいですか?」

彼は何か大事な用事があったのだろう、私の話を別なことを考えながら聞いていた。

「ああ、あの、それはたぶん、あの、あの聞いてみて・・・だから」

だから? と聞き返そうとしたときに、上手くするりと逃げられてしまった。

まったく、どうなっているのか。

 

あきらめて廊下のベンチに座ったところで、服を血だらけにした素足にサンダル履きのカップルが、歩いて処置室に入っていった。

しばらくして男性だけが出てきて、看護婦に促されて廊下の長椅子に座ったものの、すぐに家に帰らなければならないと言い出した。なんだか逃げ腰だ。

「あわてて出てきたから、ガスがつけっぱなしなんですよ。すぐに帰らなくてはならないんです」

「でもね、困るんですよ、いてもらわないと。誰かいないの?大家さんとかにガスを着けっぱなしかどうか見てもらえないの?」

喧嘩でもして彼女が逆上し、包丁を振り回しでもしたのだろうか。彼は彼女を気遣う様子は無く、しきりに「参ったな」を連発していた。

 

 

次回

ー カオルと 僕と そして今 -

 

#8 青いタグホイヤー